誉田陸軍飛行場(秘匿飛行場)
昭和19年6月に逓信省航空機乗員養成所の平川滑空場は完成し、
予備学生及び少年航空兵のグライダー飛行訓練に使用されました。
後に陸軍に接収されて誉田飛行場となる。
此処で操縦教官をされていた方のご子息の北原豪彦氏は、初期のトヨタ契約
ドライバーとなり、1964年に第2回日本グランプリでレースデビュー。
引退後は千葉市でレーシングスクールを開校されてます。
(誉田飛行場で父親の操縦するグライダーに乗った事もあるそうです。)
写真は、飛行場跡に唯一残されている格納庫跡のコンクリート製土台です。