♯第2話 星に願いを When You Wish Upon A Star

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  2022/1/11
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以下は 2 年前に書かれた内容です

「25年後の大みそかの夜、午前2時。
千葉みなと駅のプラットフォームで、君を待っているよ」
 
「おもち、ある? お正月に食べるぶん」
日めくりは大晦日をさしていた。千葉港に面した古いアパートメント・みなとハウスの片隅で、『黒船みなと相談所 話ききます 千円』の看板についたススを羽を伸ばして掃いながら、カモメのアルは心配そうにナコに聞いた。
「大丈夫、ちゃんと買ってあるよ。ふたつ」
ナコは海の見える窓を拭きながらニッコリ笑う。住人は自分と、このアルだけだ。
「ここで迎える初めてのお正月」アルはため息をついた。
「ポテトが食べられたら最高なんだけど。ゼイタクは言うまい」
「お客さん来れば買えるかもね」ナコは苦笑する。
相談所と言っても本当に話を聞くだけしかできないのだが。失踪して行方知れずの父が帰るまでの生活費の足しにやっていることだった。と、ノックの音が響いた。
閃光の如くアルがドアに飛んでいき、開けた。
そこには小柄な老婦人が一人、ニコニコと立っていた。
「どんな話も聞いてくださるというのは、こちらかしら?」
「さようにございます、お客様! ようこそわが相談所へ」
アルの瞳はダイヤモンドのように輝いた。

「今夜午前2時に、千葉みなと駅のホームで待ち合わせ、ですか…?」
目を丸くするナコとアルの前、古びたソファに座るおばあさんはうなずいて、古い写真を取り出した。
「ええ。主人とね。約束したんです。25年前に」
少し端が茶色くなった、千葉みなと駅を背景に肩を寄せ合う男女の写真をナコに見せて微笑んだ。彼女の夫は不治の病がわかり、息を引き取る前、こう言ったという。
『悲しまないでユキコ。また会えるよ。約束する。25年後の大みそかの夜、午前2時。千葉みなと駅のプラットフォームで、君を待っているよ』と。
「それで今日がその日なの。私はこの日を25年間待っていた。そこへ今夜、連れて行ってほしいんです」彼女はにっこりした。
ぽかんとするナコに、アルがひそひそ耳打ちした。
「…このおばあさん、絶対ヤバいよ。死んだ旦那と真夜中の駅で待ち合わせしたなんてさ」
「ボケてるわけじゃないのよ。カモメさん」おばあさんの声にアルが吹っ飛んだ。
ナコはおばあさんに向いた。
「ご主人の遺言はわかりました、けれど…」
「ええ。25年前に亡くなった人との約束なんて、正気の沙汰じゃない。自分でもわかっているわ。駅の人やほかの人にもそう言われた。でもね。私は彼の言葉を心の支えにして、ひとりで生きてきた。だから、そこに行ってみるだけでいいの。ホームに立つだけでいい。
実は私も主人と同じ病がわかっていて、もう長くないんです…お嬢さんが最後の望み」
そうさびしく微笑むと、ふと机の上の雄造とナコの写真に目をやった。
「あら、お父さまかしら。優しそうな方」
「…いまは…会えないのですが」ナコは頷く。
おばあさんはナコの肩に手を置いた。
「大丈夫。会えるわよ。こーんな可愛い娘、置いてくわけないじゃない。願い続ければ、きっとその望みはかなえられるわ。願い続ければね」
そしておばあさんはショールを取り、さびしそうに立ち上がった。
「やっぱり無理ね。でも話を聞いてくれただけでうれしかったわ、お嬢さん」
ナコは言った。
「そのご相談、かなえられるかもしれません」
「ナ、ナコ?!まじか」アルはまたぶっ飛んだ。

絶対あの子には、何か、ある。
大晦日の夜、蘇我の24時間稼働の広大な製鉄所から3交替の夜間勤務を終えたばかりのアキラの足は、女の家に向かっていたはずが、いつのまにか港へ向かっていた。裏通りにあるナコのアパート、みなとハウスへと歩を進める。やや、いら立ちながら。
恩師の娘であるナコに初めて会った夜。港で鎧をまとったナコの異様な姿を一瞬見た気がした。ポテトをデズと争って食う、ペラペラ喋るカモメはよく訓練されたオウムと無理に解釈すればいいとしても、これまで23年生きてきて最大の謎に出くわしていた。何か見間違いか。モヤモヤは消えなかった。
直接彼女に確かめよう。年明けまでこの疑問を引きずるのはごめんだ。
そう思いひと気もない千葉みなと駅の前を過ぎたところで、やってきたふたりの人影を見つけ、思わず立ち止まった。
 ナコだ。白いマフラーを巻いたナコが、老婦人とやってきたのだ。
「…アキラさん」ナコもアキラに気づき、目を丸くした。
「どこ行くの。こんな時間に」アキラは聞いた。
「はい、その、モノレールに」ナコは言いにくそうに言った。「駅でこの方が待ち合わせをしてるので」
「駅?」
千葉都市モノレールの千葉みなと駅はすでに最終便が出発し、営業を終えた駅舎は暗く静まり返っていた。
「閉まってるよ。終電もとっくに終わって」
ナコはそっと指の赤い石のリングに手をやった。
「大丈夫。大晦日の深夜運転があるみたいです」
次の瞬間。駅に灯が次々と灯り、シャッターが上がっていった。
唖然と駅を見るアキラに、アルは言った。「じゃ我々は行くんで。お帰りください」
「なんかヘンだな」
訝し気にアキラはナコを見て、駅の中に進んでいった。メンドクサイことになった、とアルは頭を抱え、ナコに耳打ちした。
「終わったらさっさと引き揚げよう、ナコ。奴らに気づかれるとまずい」
アルの耳打ちにナコは頷いた。
「わかってる」

千葉都市モノレールの終点、千葉みなと駅のホームの時計の針は午前1時を指した。ホームにはほかに誰もいない。
「ホントに深夜運転なんかしてるのか」
訝しがるアキラに、ナコは指の赤石のリングを押さえた。
すると、一同の前、ふたつライトを照らした無人の車両が滑り込んできた。
「2時までまだある。寒いから乗りましょう」
車内に乗り込むとドアが閉まり、車両はぎいと音を立てて滑り出した。
「この千葉のモノレールはね。懸垂型モノレールとして距離は世界最長なの。主人とよく乗ったものよ」
車窓を眺め、老婦人はナコとアキラに夫との思い出を愉快気に語り出した。
夫とは千葉みなとの桟橋で出会った。風で飛んだ帽子を拾ってもらったきっかけで付き合いが始まり、結婚した。95年にモノレールが千葉みなと駅まで開通すると、鉄道好きの夫と一番乗りを目指して、早起きして初日に乗った。一日パスポートを買っては夫婦で空からの眺めを楽しんだ。大晦日には最終便に乗って「来年もよろしく」と言い合うのが恒例だった。そして夫の病が発覚し、ほどなくして彼は帰らぬ人となった。あの約束を残して。
一同を乗せたモノレールは終点の千城台駅まで走ると、また折り返し、終着の千葉みなと駅を目指して進んだ。時計の針はまもなく午前2時になろうとしていた。
もうすぐ、「約束の時間」を前にして、車両は千葉みなと駅ホームに滑り込んでいった。おばあさんはナコに微笑んだ。
「ありがとう。お嬢さん。十分夢がかなったわ」
ナコは頷いた。するとアルが声を上げた。
「誰か、いる。ホームに!」
プラットフォームには、男性がひとり、立っていた。写真とそっくりのひとだった。
「あなた」
ドアが開き、おばあさんはそっと男性の前に進み出る。
「ユキコ。迎えに来たよ」
男性は彼女の手を取る。そして唖然とするナコとアキラにおばあさんは微笑むと、彼と肩寄せ合いながらホームをゆっくりと歩み出した。
やがてふたりの姿はやがて消えていった。
「ナコ、すぐ戻ろう」アルが言った途端。
異音が響いた。ナコたちの乗った車両の扉がすべてしまり、灯りが消えた。

「まずい、ナコ。最悪だ、嗅ぎつかれた」青くなったアルがナコに叫んだ。
ナコは真っ暗な車両のなかを見回す。ナコたちを乗せ地響きを立て、がくんと揺れながら走り出した。ナコとアキラは床に叩きつけられた。
「なんなんだこれ」
アキラは必死に手すりをつかんだ。車体の速度は増す。窓が次々と割れた。車内に風が入り込み、窓は割れていく。アルは叫んだ。
「車両全体に奴らが取り付いている! このままじゃ、空中分解して飲み込まれちゃうよ。ナコ、戦うんだ。車両をイカロスに変えて、振り切って…!」
「でも」ナコはアキラを見て躊躇した。目の前で、<変身>するわけにはいかない。
と車内は大きく傾き、アキラは壁に激しく身体を打ち付けて倒れた。
「アキラさん!」
アキラを揺さぶる。意識は朦朧としている。
「ナコ早く、時間がない」アルが悲鳴を上げた。
ナコは手帳を出し、赤石のリングを左手の指にはめた。身体が鎧にみるみると覆われていった。
「イカロス……!」
ナコの叫びとともに、赤い光が四方に舞った。
車体は火の鳥の形に変わり、夜空に向かって舞い上がりながら黒影を引きちぎるように振り落としていく。
満天の星空に炎を散らし、弧を描いて飛んでいくモノレールの火の鳥は、夜空をゆっくりと旋回すると、地上へ戻っていった。

アキラは光の筋に目を開けた。
ここは?あちこちを見回した。走るモノレールの座席に座っていた。
初詣に向かう晴れ着姿ではしゃぐ女の子たちが目の前にいる。
元日の朝? なんで自分は、ここに。
そうだ、大晦日にナコに会い、深夜のモノレールに乗って、変なものに襲われて、そのまま天に舞い空中分解寸前になった。いや、そんなことはありえない。初夢の悪夢ってやつか。
首にふかっとしたものを感じて手をやる。ナコの白いマフラーが巻かれていた。
モノレールは新しい年の朝日を浴びながら、街を縫って走っていった。

ナコの新しい年はこうして開けた。
キッチンでは、アルが網コンロでおもちを焼いていた。
「ナコー、焼けたよ」
「はぁい」
早朝に帰って以来、泥のように寝ていたナコはベッドから起きてきた。
ふたりは、一個ずつのおもちのお皿を前にした。
「昨日の依頼のお礼はいただいたけど、ポテト買うひまなかったね」
「いいんだ。ゼイタクは敵だ。いただきまーす」
そのときナコのスマホがピコ、と音を立てた。メッセージが入っていた。送り主に、ナコはどきっとした。

千葉みなと駅前のジャズバー、クリッパーにナコはとぼとぼとやってきた。『新年ライブ Jerry Fish』と看板のかかる扉を開けた。
「ナコちゃん、待ってたよ。あけおめー!こっちこっち」
店内ではデズが笑顔で手を振ってきた。銀嶺も振り向き、ほんの少しだけ目を細めた。マスターも店の奥でパイプを掲げた。デズはナコのバッグから出たアルがダイブする前に、フライドポテト満載の皿をサッと抱えた。
ナコは店内を見た。カウンターでは背を向けて座るアキラがいた。その首にはナコが昨日別れ際に回しかけたマフラーがあった。ナコは気まずく、そっと近づいた。
「おめでと。不思議な少女さん」背を向けたままアキラは言った。
「あの、私」
「昨日のアレはなに? 夢じゃないよな」
 ただ黙ってうつむくナコに、アキラはあくびをし、ふっと笑った。
「ま、いいや。とりあえず、返すわ。あんがと」
そしてマフラーを外すとナコの首に巻き付け、頬をゆるませた。ナコはそんなアキラを、何も言えずに見上げた。
そのとき店の扉が開いた。入ってきたのは、巻き毛ロングヘアの美女だった。長いまつげの端正な顔、深紅に引かれたルージュ。外国の雑誌のハーフのモデルみたいにきれいな。長身のコートから華やかにきらめく黒いドレスをきらめかせ、美女はアキラに親しげに近寄っていった。
ナコはドキリとした。もしかして、アキラさんの彼女? そもそもアキラは学校の女の子たちが夢中になっているアイドルグループの男の子より、全然かっこいいのだ。彼女がいても当然、なのだけど。チクッとなぜか痛む胸に、頬を赤くしてうつむく。
アキラがナコに、美女をさした。
「そうだ、はじめてだよな。こいつもジェリーフィッシュのメンバー」
「はじめまして。手嶌新一郎です」
艶やかな唇から出た低く太い声に、ナコは面食らった。
「シン、イチロー……え、え、か、『彼女』なんじゃ?」
新一郎は長いまつげの瞳を見開いて、アキラを見る。
「俺がこの、頭のネジが一本抜けたヤツの? 正月から冗談は勘弁してくれ、お嬢さん。君のことはこいつから聞いているよ」
ナコはまた赤くなった。

夜になり店の窓から、ちらつく粉雪が見えた。賑やかな店内にはジャズの音色が響いた。
アキラの指から星砂のようなピアノの音色がこぼれ、映画「ピノキオ」の主題歌でジャズスタンダードナンバーの『星に願いを』がバラードで流れた。
マスターが吹くエアロフォン、その澄んだしらべに、ナコの心と体はだんだん温まってくる。かつて両親とにぎやかに過ごしたお正月の光景が浮かび上がってきた。
新一郎のチェット・ベイカーのような、かすれた歌声が流れた。

  When You Wish Upon A Star
星に願いを届けるとき それは君のもとにやってくる
運命は優しく愛を運んでくれる
青空をつんざく雷鳴のように、彼女は姿を現し、きみを助ける
星に願いをかけるとき 祈りは必ず現実になる

孤独だった心に、キャンドルのような小さな炎が灯り、ナコの心を溶かしていく。
いまは暗闇でも、望めばいつか、かなうかも。いまは独りでも。ううん、もしかして、もう独りではないのかもしれない。
ふいにこぼれた涙をあわてて拭き、ナコは微笑んだ。
私…、もう独りではないのかも。
ナコのこのときの想いはまもなく、意外な形で実現することになった。
                             
つづく

When You Wish Upon A Star
以上は 2 年前に書かれた内容です
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