ちょい見せ【月刊埋立地】埋立地 1979 〜海の廃墟から始まる人工大地の物語〜(東 健一)

  2021/4/27
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1970年代後半、千葉市の埋立地にある真砂という町で私は幼少期を過ごしました。
当時の埋立地は、陸側から海に向かって次々と新しい団地や戸建て住宅が造成されていて、まさに巨大な街が生まれていく只中で子ども時代を送ったことになります。小学校の中学年頃までは、常にコーン、コーンと遠くに響く杭打機の音を聞きながら授業を受けていました。
そして、近所に次々と新しい街が出来上がってゆくなか、私達は入居直前の誰もいない団地を探検して真新しい公園を見つけ出し、誰にも邪魔されずに遊ぶことを至上の喜びとしていました。
夢中になって遊んでいると、気が付けば日暮れ時。人が住んでいる団地ならば、夕げの香りや団欒の声が漏れてくるはずなのに、入居前の無人の団地は、ただただ静かで真っ暗。街灯だけが煌々と灯っている不思議な光景に囲まれていると、何やら異世界へと迷い込んでしまったような不安な気持ちに駆られて、大急ぎで自転車をこいで帰路へとつきました。
そして、自分達の住む団地に戻り、どこかの家が、風呂場のバランス釜を点火させるカンカンカンカンという音を聞いた時、何故だか異世界から戻れたようなほっとした気持ちになれたのです。


また、現在京葉線の稲毛海岸駅になっている一帯は、当時は広大な原っぱでした。そして、いつ開通するのか分からない謎の鉄道高架線だけがぽつんとあって、そのたもとに、恐らく自衛隊のものと思われる古いボンネットトラックが何台も留置されており、私達の絶好の遊び場と化していました。その何もない原っぱといつまでも電車の走らぬ高架線、ボロボロの廃トラックと遠くに見える建設中の団地が織りなす非日常的な情景は、夕暮れ時になると更にそのシュールさを加速させました。
そして、今まさに造成中の新しい街のはずなのに、何故だか廃墟の街にいるような不思議な寂寥感が私を包み込んでいくのでした。
この謎の寂寥感のようなものを、子ども時代の私は常に心の片隅に抱えていたような気がします。
それは、一人っ子のうえに両親が共働きの鍵っ子で、孤独な時間が多かったせいなのかもしれませんが、新しい街がどんどん出来上がっていく環境で過ごしながら、他の同級生達も、無邪気な高揚感の中だけにいたわけではなく、私と同じように一抹の寂しさや廃墟感を心のどこかで感じ取りながら過ごしていたように思います。


この寂寥感と廃墟感の正体について、大人になった今、やっと少しだけわかった気がします。
私はあの寂しさと廃墟感は、人が海を殺して作った土地だからこそ感じ取れたものではないかと思っています。
あの真新しい街の下には、生きながらにして埋められた数えきれないほどの海の生き物たちの死がありました。その膨大な死は、見えないオーラとなって地上へと湧き出ていたのでしょう。そして、それは人間の感情が持つ恨み節のようなおどろおどろしいものではなく、淡々とした諦観にも似た寂しさのようなものだったと思います。


その透明な諦観に包まれた、海の廃墟から始まった千葉の埋立地の歴史は、今まさに半世紀を迎えようとしています。造成当時は「夢の団地生活」などともてはやされた団地群は、住民の高齢化と生活様式の異なる外国人居住者の増加等により、「都市の限界集落化」ともいえる新たな諸問題に直面して、図らずしも再び日本の集合住宅史の最前線に躍り出てきました。
千葉の埋立地は、果たしてこのまま朽ちていくように衰退していってしまうのでしょうか?
かつて豊かな遠浅だった海を殺してまで手に入れた人工大地の代償が、たかだか半世紀ももたない薄っぺらな幸せの為であったのなら、それはあまりにも馬鹿げた買い物だったと言わざるを得ません。しかし、考えようによっては、まだ半世紀しか経っていないのです。
これからの半世紀で、物質的な豊かさとは異なる幸せの価値基準を手に入れて、この地を豊穣の大地 へと育てていけば良いのです。
千葉の「夢」を乗せた人工大地の第二ラウンドは、今始まったばかりなのですから。


著者:東 健一 (あずま けんいち)
ちば文化センター副センター長。本業は中学校の美術教師。趣味は千葉の歴史散策と船の模型製作。最近は立体作品ばかり作っているが、専門は絵画である。かつて埋立地にあった千葉市海洋公民館「こじま」についての調査・研究をライフワークとしている。

冊子『月刊埋立地』の紹介

■目次
P04:埋立地 1979(東健一) ※本記事
P06:匿名未来都市チバ(東健一)
P44:海浜ニュータウンの現在と未来(鈴木雅之)
P60:工場萌え前夜(八巻慎太郎)
P68:海と本屋と埋立地(武田光司)
P72:埋立地で選ぶ、20年後に生き残るマンションについて(佐々木洋)
P82:千葉みなとのご当地キャラ・誕生ものがたり(平澤誠治)
P89:埋立地俳句(石岡尚人)
P90:美しい日本の団地と私(ハト)
P91:舗道の下には、浜辺 << Sous les pavés la plage >>(川名芳蓮)
P92:立てよ!埋立地ノイド ~千葉みなとズゴック計画~(寺井隆)
P93:埋立地の歴史
P94:漫画「どちゃ満開♪ぽ~と太郎!」(劇団みちたか)

■販売場所等
・千葉市内(千葉ポートタワー展望室受付、千葉県立美術館ミュージアムショップ、千葉市美術館ミュージアムショップなど)
・ちばみなとjp通販サイト
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千葉市の歴史シンボルを掘り下げると共に、新たな「ちば文化」を創造することで世代間の文化を紡ぐ、独自に千葉市を盛り上げる市民団体です! ...
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