♯第5話 ギフト Recado Bossa Nova (The Gift)
1474
2022/4/14
“
STORY
千葉市の港に面した街・千葉みなとに暮らす少女・千神七子(チガミナコ)、14歳。この4月で中学3年になった。たった一人の家族である素粒子研究者の父・千神雄造は半年前に失踪。父の帰りを待ちながら、しゃべるカモメ・アルとともに「よろず相談所」を開いている。脳の想念を3D化する技術を研究していた父が姿を消す直前にナコに渡した赤石の【リング】には、ナコの想念を現実化する秘密のパワーがあった。♯の文字ともに現れる港に巣くう謎の勢力と戦うべく、ナコはリングを使い、鎧の戦士にメタモルフォーゼ、千葉都市モノレールの車両を火の鳥に変化させたイカロスを操り戦う。
一方大学時代にナコの父の教え子だったアキラ23歳は、ジャズバンドJerryFishでピアノを弾いているとき訪ねてきたナコと出会う。ナコの秘密、その孤独な戦いを知ったアキラはナコの保護者役として同居することを決断、暮らし始めたのだった。
”
もくじ
『爆破予告メッセージ』
桜舞うこの春 ぼくの愛するみなと中に「贈り物」を届けました
真珠も金の指輪もかすむ すばらしいものだよ
それは春に現れる魔法使いの一振り
誰もが追い求める黄金の夢さ
いいかい この贈り物を決して拒むことはできないよ
4月のワインのようにキミの指をすり抜けて逃げちゃうからね
まもなく秘密の星が地上の楽園を照らしてくれる
この先どんな運命が待っていようと ぼくはかまわない
愛の贈り物こそ最高なんだから
さあ、どこに置いたかキミたちにわかるかな? ヒントは続きにある
4月のジャズの歌でも歌って待っててね
Good luck
♯ナコに同級生男子から電話がきた
「お帰りなさい、アキラさん。ごはん、ちょうど出来ましたー」
夜の千葉港が窓から見える、築50年の蔦の絡まるレトロなアパートメント・みなとハウスの角部屋。
仕事から帰宅したアキラにエプロン姿のナコがニッコリ笑う。アキラがこのナコの家に帰るようになって一カ月が経った。
かもめのアルとともに食卓につくアキラは、もやし入りカレーライスを見つめる。
「…なにこれ」
「マルエツで19円の特売で。6袋買っちゃった」
「ふつうに肉とか入れろよ。食費渡してあるだろ」
「アキラさんから頂いた大切なお金だから倹約しなきゃと思って」涙ぐむナコ。
「食えるか、もやしカレーライスなんて」
「買い物して作ってもらって、文句言うな!!」アルがアキラに怒りだす。
全部空になった皿を不機嫌にアルは片づけていく。
掃き掃除をしていたナコは、ソファの下に古びたゴムボールを見つけた。
「ここにあったんだ。アルと初めて会った時に遊んだボール!」
「ホントだ、懐かしい~」
ソファで譜面を見ているアキラを挟んで、キャッキャッと二人でキャッチボールを始める。
アキラの後でアルが「どこ投げてんの、こっちこっちー」と羽を振る。
「うるせぇやめろ」アキラが顔を起こす。
「行くぞ」とナコが振りかぶって投げたボール、アキラの顔面を直撃した。
「…アキラさん。ごめんなさい」
「もう。ナコってノーコンなんだからぁ。もっかい行くかー」
アキラが立ち上がる。「いい加減にしろ!」
そのとき棚にあったナコのスマホが鳴った。LINE電話を取るナコ。
「…菊田くん? どうしたの。え、いいけれど、明日学校で? 内緒の話って…」
電話しながら自分の部屋にナコは入っていく。
ナコと暮らし始めてから、男子の名を聞くのは初めてだ。アキラがアルに聞く。
「誰。キクタくんて」
「菊田龍成、みなと中の同級生。生徒会長で成績優秀スポーツ万能、爽やかなイケメン男子。通称プリンスで全校女子の憧れのマト。ナコは今回3年で同じクラスになった。で今夜クラスLINEから電話してきた」
「…詳しいな」
「ダテに探偵助手してないからね。誰かさんとは違って、心遣いも細やかで優しいらしい」
ちら、とナコの部屋を見るアキラ。アルはニヤリ、とアキラにささやく。
「いいじゃん。ナコにボーイフレンドできたって。自分だってあちこちの女のとこ寄ってるんだ。ナコはあの通り、お人よしでそういう方面には鈍感だから気づいてないけれど」
アキラは譜面を掲げる。
「あれはな。ピアノ借りて、練習しに行ってるんだ。楽器ないから」
「ふーん。『練習』場所、たくさんあっていいね」
再びナコの部屋をアキラは不満げに見る。
「しかし…こんな時間にいきなり電話してくるとは一体」
「まさか妬いてるのかオッサン」
「カモメには理解できないことだろうが」アキラはクールに前髪をかき上げる。
「人には責任てものがある。行きかがり上とはいえ、あの訳アリ娘の秘密を知って面倒を見るって引き受けたんだ。雄造先生が帰るまでなんとか平穏無事に…何か不届きなことがあったら申し訳ないからな」
鏡を見てオデコのあざにえっと驚く。
夜の千葉港が窓から見える、築50年の蔦の絡まるレトロなアパートメント・みなとハウスの角部屋。
仕事から帰宅したアキラにエプロン姿のナコがニッコリ笑う。アキラがこのナコの家に帰るようになって一カ月が経った。
かもめのアルとともに食卓につくアキラは、もやし入りカレーライスを見つめる。
「…なにこれ」
「マルエツで19円の特売で。6袋買っちゃった」
「ふつうに肉とか入れろよ。食費渡してあるだろ」
「アキラさんから頂いた大切なお金だから倹約しなきゃと思って」涙ぐむナコ。
「食えるか、もやしカレーライスなんて」
「買い物して作ってもらって、文句言うな!!」アルがアキラに怒りだす。
全部空になった皿を不機嫌にアルは片づけていく。
掃き掃除をしていたナコは、ソファの下に古びたゴムボールを見つけた。
「ここにあったんだ。アルと初めて会った時に遊んだボール!」
「ホントだ、懐かしい~」
ソファで譜面を見ているアキラを挟んで、キャッキャッと二人でキャッチボールを始める。
アキラの後でアルが「どこ投げてんの、こっちこっちー」と羽を振る。
「うるせぇやめろ」アキラが顔を起こす。
「行くぞ」とナコが振りかぶって投げたボール、アキラの顔面を直撃した。
「…アキラさん。ごめんなさい」
「もう。ナコってノーコンなんだからぁ。もっかい行くかー」
アキラが立ち上がる。「いい加減にしろ!」
そのとき棚にあったナコのスマホが鳴った。LINE電話を取るナコ。
「…菊田くん? どうしたの。え、いいけれど、明日学校で? 内緒の話って…」
電話しながら自分の部屋にナコは入っていく。
ナコと暮らし始めてから、男子の名を聞くのは初めてだ。アキラがアルに聞く。
「誰。キクタくんて」
「菊田龍成、みなと中の同級生。生徒会長で成績優秀スポーツ万能、爽やかなイケメン男子。通称プリンスで全校女子の憧れのマト。ナコは今回3年で同じクラスになった。で今夜クラスLINEから電話してきた」
「…詳しいな」
「ダテに探偵助手してないからね。誰かさんとは違って、心遣いも細やかで優しいらしい」
ちら、とナコの部屋を見るアキラ。アルはニヤリ、とアキラにささやく。
「いいじゃん。ナコにボーイフレンドできたって。自分だってあちこちの女のとこ寄ってるんだ。ナコはあの通り、お人よしでそういう方面には鈍感だから気づいてないけれど」
アキラは譜面を掲げる。
「あれはな。ピアノ借りて、練習しに行ってるんだ。楽器ないから」
「ふーん。『練習』場所、たくさんあっていいね」
再びナコの部屋をアキラは不満げに見る。
「しかし…こんな時間にいきなり電話してくるとは一体」
「まさか妬いてるのかオッサン」
「カモメには理解できないことだろうが」アキラはクールに前髪をかき上げる。
「人には責任てものがある。行きかがり上とはいえ、あの訳アリ娘の秘密を知って面倒を見るって引き受けたんだ。雄造先生が帰るまでなんとか平穏無事に…何か不届きなことがあったら申し訳ないからな」
鏡を見てオデコのあざにえっと驚く。
♯爆破予告ポエム
翌日。みなと中学校の体育館の裏手で、セーラー服のナコは青空に揺れる葉桜を見ていた。
淡い色の花びらはひらひらと散り、鮮やかな緑にとって代わろうとしている。
そこに菊田龍成がやってくる。龍成と面と向かって話すのは初めてで、ちょっとどきどきする。
「これ見てもらいたかったんだ」ナコは一枚の便せんを渡された。
「“爆破予告メッセージ”…?」
渡された便せんに書かれた不穏な文言を読む。龍成は頷く。
「野球部員が見つけて、相談があったんだ。先生に見せたけど、内容はヘンで具体的なことは何もないし、誰かがふざけて書いたものだろう、余計な騒ぎにするなって。確かに厨二病ポエムっぽいしさ。でも気になって。千神は探偵やってるって聞いたから、意見聞きたかったんだ」
「探偵というより、なんでも屋だけど」と、ナコは紙に目を落とす。
爆破予告とあるものの、愛だの贈り物だのヘンテコな文章だ。ナコは考え込む。
「これが見つかったのは?」
龍成は野球部と古い表札のある、老朽化した平屋の建物を指す。
「昔の野球部の部室で、いまは道具部屋。取り壊しが決まったから、来週明けの朝から部員たちが中の古道具を撤去することになっている。不審物とか怪しいものは見当たらないらしい」
ナコは中を覗く。野球道具やかごに盛られた古ボールなどが置かれている。
「やっぱり気にし過ぎだよね。ごめん、その気持ち悪いポエムは捨てちゃって。でもおかげで千神と話せた。実は、前から話してみたかったんだ」
微笑む龍成にナコは目を丸くする。自分は地味で目立たないほうと思うから、意外だった。
「でも放課後はいつもすぐ帰っちゃうんだよね」龍成は言う。
「家事もたまってて」ナコは苦笑する。要領が悪くて時間がかかるのだ。
「えらいね。お父さんと二人暮らしだっけ」
「うん…いまは出張中で代わりに、父の知り合いのお兄さんと住んでるんだ」
そう言い、ナコは再び文面に目を落とす。
淡い色の花びらはひらひらと散り、鮮やかな緑にとって代わろうとしている。
そこに菊田龍成がやってくる。龍成と面と向かって話すのは初めてで、ちょっとどきどきする。
「これ見てもらいたかったんだ」ナコは一枚の便せんを渡された。
「“爆破予告メッセージ”…?」
渡された便せんに書かれた不穏な文言を読む。龍成は頷く。
「野球部員が見つけて、相談があったんだ。先生に見せたけど、内容はヘンで具体的なことは何もないし、誰かがふざけて書いたものだろう、余計な騒ぎにするなって。確かに厨二病ポエムっぽいしさ。でも気になって。千神は探偵やってるって聞いたから、意見聞きたかったんだ」
「探偵というより、なんでも屋だけど」と、ナコは紙に目を落とす。
爆破予告とあるものの、愛だの贈り物だのヘンテコな文章だ。ナコは考え込む。
「これが見つかったのは?」
龍成は野球部と古い表札のある、老朽化した平屋の建物を指す。
「昔の野球部の部室で、いまは道具部屋。取り壊しが決まったから、来週明けの朝から部員たちが中の古道具を撤去することになっている。不審物とか怪しいものは見当たらないらしい」
ナコは中を覗く。野球道具やかごに盛られた古ボールなどが置かれている。
「やっぱり気にし過ぎだよね。ごめん、その気持ち悪いポエムは捨てちゃって。でもおかげで千神と話せた。実は、前から話してみたかったんだ」
微笑む龍成にナコは目を丸くする。自分は地味で目立たないほうと思うから、意外だった。
「でも放課後はいつもすぐ帰っちゃうんだよね」龍成は言う。
「家事もたまってて」ナコは苦笑する。要領が悪くて時間がかかるのだ。
「えらいね。お父さんと二人暮らしだっけ」
「うん…いまは出張中で代わりに、父の知り合いのお兄さんと住んでるんだ」
そう言い、ナコは再び文面に目を落とす。
♯4月のワインの謎
日曜の千葉みなと。
穏やかにきらめく海が見えるハーバーは、休日午前の楽し気で爽やかな空気に包まれている。アキラとナコ、アルが散歩する。
休みになると、ギンの営むキッチンカーに出かけるのが習慣になっていた。
いつもはウキウキ歩くナコだが、今日の足取りは物思いにふけるように静かだ。
「まだあのヘンなポエムのこと考えているの。それともプリンスのこと」アルがナコの肩に止まる。
「アルったら」
silver spoonと書かれた白いシボレーキッチンカーに着くと、「ナコちゃん」とドラマーのデズが店前に置かれたテーブルで手を振る。いつもTシャツのデズは、今日はジャケットを着こんでいる。
少し冷たい空気も混じる潮風のなか、ナコたちはテーブルを囲む。
いつになくすましてコーヒーを飲むデズに、アルは聞く。「ポテト食べないの」
「糖質はやめた。太るからね」
「これからデートで、告白するそうだ」白シャツにソムリエエプロン姿のギンが出てくる。
「春、4月。それは冬が終わって恋の始まる輝きの季節」キラキラした目でデズは言う。
「彼女いない歴ついに23年に終止符か。明日のライブで結果教えてネ」冷やかすアキラをデズは睨む。
ナコはふとデズに聞く。
「あの…4月のジャズの歌って、どういうのがありますか」
「4月のジャズスタンダードナンバー?そうね、『4月の思い出』とか『パリの4月』とか」
「…4月のワインは」
「4月のワイン?そんな曲ないなあ」
その時、背後から渋い声が響いた。
「あるぜ」
振り向くと、ベレー帽を小粋に被ったジャズバー・clipperのマスターが立っていた。
「マスター」
「歌詞のなかにならな。ブラジル生まれの『リカルド・ボサノヴァ』というナンバーに。リカルドはポルトガル語で“メッセージ”。またの名を 『ザ・ギフト』。贈り物のギフトね」
「メッセージ…贈り物」
「英語詞がつけられてギフトという名のジャズスタンダードになった。日本ではCMでイーディ・ゴーメという歌手が歌って、ヒットしてね。愛を切なく歌った情熱的なラブソングなのさ」
ナコは言う。「その歌詞、知りたいです」
ギンは胸ポケットのペンを出すと、「ちょっと待ってて。訳してあげる」
薄いハンバーガーの包み紙の裏側に、ときどきふっと空を見ながら訳詞を書いていく。
穏やかにきらめく海が見えるハーバーは、休日午前の楽し気で爽やかな空気に包まれている。アキラとナコ、アルが散歩する。
休みになると、ギンの営むキッチンカーに出かけるのが習慣になっていた。
いつもはウキウキ歩くナコだが、今日の足取りは物思いにふけるように静かだ。
「まだあのヘンなポエムのこと考えているの。それともプリンスのこと」アルがナコの肩に止まる。
「アルったら」
silver spoonと書かれた白いシボレーキッチンカーに着くと、「ナコちゃん」とドラマーのデズが店前に置かれたテーブルで手を振る。いつもTシャツのデズは、今日はジャケットを着こんでいる。
少し冷たい空気も混じる潮風のなか、ナコたちはテーブルを囲む。
いつになくすましてコーヒーを飲むデズに、アルは聞く。「ポテト食べないの」
「糖質はやめた。太るからね」
「これからデートで、告白するそうだ」白シャツにソムリエエプロン姿のギンが出てくる。
「春、4月。それは冬が終わって恋の始まる輝きの季節」キラキラした目でデズは言う。
「彼女いない歴ついに23年に終止符か。明日のライブで結果教えてネ」冷やかすアキラをデズは睨む。
ナコはふとデズに聞く。
「あの…4月のジャズの歌って、どういうのがありますか」
「4月のジャズスタンダードナンバー?そうね、『4月の思い出』とか『パリの4月』とか」
「…4月のワインは」
「4月のワイン?そんな曲ないなあ」
その時、背後から渋い声が響いた。
「あるぜ」
振り向くと、ベレー帽を小粋に被ったジャズバー・clipperのマスターが立っていた。
「マスター」
「歌詞のなかにならな。ブラジル生まれの『リカルド・ボサノヴァ』というナンバーに。リカルドはポルトガル語で“メッセージ”。またの名を 『ザ・ギフト』。贈り物のギフトね」
「メッセージ…贈り物」
「英語詞がつけられてギフトという名のジャズスタンダードになった。日本ではCMでイーディ・ゴーメという歌手が歌って、ヒットしてね。愛を切なく歌った情熱的なラブソングなのさ」
ナコは言う。「その歌詞、知りたいです」
ギンは胸ポケットのペンを出すと、「ちょっと待ってて。訳してあげる」
薄いハンバーガーの包み紙の裏側に、ときどきふっと空を見ながら訳詞を書いていく。
♯符合
『ビロードの手袋に落ちた真珠を、つなぎとめる糸はいらない
私が望むのは愛という贈り物
金の指輪はいらない 夢が広がれば
すべての星が落ちてこの世が二人だけになったとき
愛という贈り物はかけがえのないものになる
それは春の日に奇跡を起こす魔法使いの一振り
人々が追い求める黄金の夢のよう
だから覚えておいて 愛という贈り物を拒まないことを
なぜなら愛はメロディーのように響き続けて
4月のワインのように指をすり抜け去ってしまうから
さあキスをして 秘密という星が私たちの楽園への道を照らすまで
いかなる運命が待ち受けようともかまわない 愛こそ最も尊い贈り物なの』
―桟橋デッキの地べたにナコはぺたりとしゃがみこんで座り、ギンの書いてくれた訳詞と予告ポエムの手紙を並べて、熱心に見比べる。
そんなナコを後のベンチであきれて見ているアキラ。
「おーい。パンツ見えるぞ」
「ナコは一度入り込んじゃうとああなっちゃうんだ」アルがナコを覗く。
ナコは呟く。
「真珠、金の指輪、春の魔法、黄金の夢、4月のワイン、秘密の星…
この文章…この曲の詞を下敷きに書かれている」
「…あ、へえホントだ」
「古いジャズの詞をこねくり回すなんて、中学生がやることじゃないな」アキラは言う。
ナコは直感する。この手紙はふざけたり夢想したりして書かれたものではない。ある覚悟と真剣さが感じ取れるのだ。もし、“贈り物”が「爆弾」を示すなら―
『さあ、どこに置いたかキミたちにわかるかな? ヒントは続きにある』
パズルを提供したような、手紙の最後にある挑発的な言葉。ナコは見入る。
急転直下のできごとはその晩すぐに訪れた。夕飯のお米を研ぐナコにアルが飛んでくる。
「ナコこれ見て!爆弾男逮捕だって」
アルがPCを指さす。画面には地元ニュース動画が流れていた。
『爆破予告の脅迫状を休学中の大学に送ったとされる学生の男がさきほど逮捕されました。自宅アパートからは大量の自作の爆薬や装置が押収され、余罪については男は黙秘しています』
連行される男の映像を、ナコは呆然と見て―
ナコはPCに向かう。ネットではすでに男の細かい経歴や情報、噂が書き込まれていた。
「三池透馬、所属はT大学工学部、ジャズ研」「最近はうつに悩み休学」「みなと中出身」「野球部でいじめにあってから体調崩して不登校、ひきこもってた」「復讐とか不審な言動」―
ナコはハッとする。みなと中出身、元野球部。
もし、予告ポエムはこの人が書いたものだとしたら。そして「本物」の爆破予告だったら。
本当に仕掛けたとしたら、一体どこに?
しかし手紙の置かれた学校の旧部室には、不審物はなかった。
混乱するナコに「ギンから連絡」とアキラが来る。
「『ギフト』の歌詞、エンディングの続きのとこあったの思い出したから伝えてって」
「…続き」
アキラはスマホを読む。「What a ball.That’s all.
この場合のボールはおそらく愛の意味合いで…とか。あいつも細かいね―」
ナコは立ち上がる。
「わかった」
「え」
手帳からリングを取り出すナコ、出ていこうとする。
「そんなもん持って、どこにいくんだ」
「学校。仕掛けた場所わかったかも」
アキラは止める。「明日、調べてもらえばいい」
「間に合わない、朝からあの部室には人が入る。確かめるだけだから!」
出て行ってしまうナコ、つづくアル。
「オレは行かないぞ」アキラはつぶやく。
♯カウントダウン
夜の静まり返った中学校校舎。赤く光るリングをはめたナコは塀の間から忍び込んだ。
「ナコ、リングを使うと“あいつら”が寄ってくる。早めに引き揚げようぜ」
アルに頷くナコ。「わかってる」
体育館の裏手に建つ旧野球部小屋へ着くと、その戸を開ける。
「どこにあるっていうんだ」懐中電灯で照らすアキラが続く。
「そのボール」
大きなメッシュカゴに盛られた、たくさんの古ボール。ナコはリングで照らし、中身を空中に巨大なグリーンのホログラム映像にして部屋全体に映し出していく。
重ねられたボールの中身、薬液、張り巡らされた配線コード。デジタルパネルに光る「10」の文字。
アキラの顔色が変わっていく。
「…全部、爆弾だ。この小屋軽く吹っ飛ぶくらいの。上の一個が落ちるとそれが起爆装置につながっていて、カウントダウンで爆発する仕掛けだ」
凍り付く。
「ここを離れるぞ。オレたちの手に負えることじゃない」
そのとき。地鳴りの気配を感じてナコは、振り返る。
床に浮かび上がる♯の文字。そして黒い影が浮き出てくる。
「奴らだ」アルは叫ぶ。
一瞬で鎧の戦士にメタモルフォーゼするナコ、構える。
突然、影はアキラに向かった。アキラの身体に巻き付き、そのまま引きずり、ボールのカゴに巻き付く。
爆弾ボールごとがんじがらめにされるアキラ。
「アキラさん」
衝撃で一番上のボールが、ゆっくりと床に落ちた。10の文字が点滅する。
「きき、起動した」アルが凍り付く。
アキラはもがくが、爆薬ごと分厚い黒影に縛られ覆われて動けない。ナコの想念も跳ね返される。
アルが叫ぶ。「間に合わない、ナコ、イカロスを投げて爆弾を空に持っていかせるんだ!」
「イカロス」ナコの右手が動く。
校舎上空にモノレール車両を変化させた火の鳥イカロスが舞う。
8が7に変わる。
ボール爆弾に縛り付けられたまま、アキラはその数字を愕然と見る。
イカロスは小さくなり、ナコの右手に舞い降り、小さな火の玉となり、躍る。
6が5になる。
アキラの前、イカロスの火の玉を持つナコ。アキラが近くて躊躇する。
4が3になる。
アキラは、ナコを見上げる。
「投げろナコ」
ナコは決然と投げた。アキラは目をつぶる。
イカロスは爆弾に飛び込み喰いつくと、アキラにまとわりついた影を断ち切り、そのまま天井をぶち抜いて夜空に急上昇した。
はるか上空で爆薬から離脱するイカロス。爆発音とともに火焔と光が夜空を照らす。
その爆風に葉桜の花びらが舞った。
「やったー」帰っていくイカロスに、アルは飛び上がる。
小屋では落下する破片から、ナコはアキラをかばう。
「…今回は命中したな」
腰が抜けて気を失う寸前で朦朧とアキラが呟く。
少し離れた地面の♯の文字は、ゆっくりと消えていった。
「ナコ、リングを使うと“あいつら”が寄ってくる。早めに引き揚げようぜ」
アルに頷くナコ。「わかってる」
体育館の裏手に建つ旧野球部小屋へ着くと、その戸を開ける。
「どこにあるっていうんだ」懐中電灯で照らすアキラが続く。
「そのボール」
大きなメッシュカゴに盛られた、たくさんの古ボール。ナコはリングで照らし、中身を空中に巨大なグリーンのホログラム映像にして部屋全体に映し出していく。
重ねられたボールの中身、薬液、張り巡らされた配線コード。デジタルパネルに光る「10」の文字。
アキラの顔色が変わっていく。
「…全部、爆弾だ。この小屋軽く吹っ飛ぶくらいの。上の一個が落ちるとそれが起爆装置につながっていて、カウントダウンで爆発する仕掛けだ」
凍り付く。
「ここを離れるぞ。オレたちの手に負えることじゃない」
そのとき。地鳴りの気配を感じてナコは、振り返る。
床に浮かび上がる♯の文字。そして黒い影が浮き出てくる。
「奴らだ」アルは叫ぶ。
一瞬で鎧の戦士にメタモルフォーゼするナコ、構える。
突然、影はアキラに向かった。アキラの身体に巻き付き、そのまま引きずり、ボールのカゴに巻き付く。
爆弾ボールごとがんじがらめにされるアキラ。
「アキラさん」
衝撃で一番上のボールが、ゆっくりと床に落ちた。10の文字が点滅する。
「きき、起動した」アルが凍り付く。
アキラはもがくが、爆薬ごと分厚い黒影に縛られ覆われて動けない。ナコの想念も跳ね返される。
アルが叫ぶ。「間に合わない、ナコ、イカロスを投げて爆弾を空に持っていかせるんだ!」
「イカロス」ナコの右手が動く。
校舎上空にモノレール車両を変化させた火の鳥イカロスが舞う。
8が7に変わる。
ボール爆弾に縛り付けられたまま、アキラはその数字を愕然と見る。
イカロスは小さくなり、ナコの右手に舞い降り、小さな火の玉となり、躍る。
6が5になる。
アキラの前、イカロスの火の玉を持つナコ。アキラが近くて躊躇する。
4が3になる。
アキラは、ナコを見上げる。
「投げろナコ」
ナコは決然と投げた。アキラは目をつぶる。
イカロスは爆弾に飛び込み喰いつくと、アキラにまとわりついた影を断ち切り、そのまま天井をぶち抜いて夜空に急上昇した。
はるか上空で爆薬から離脱するイカロス。爆発音とともに火焔と光が夜空を照らす。
その爆風に葉桜の花びらが舞った。
「やったー」帰っていくイカロスに、アルは飛び上がる。
小屋では落下する破片から、ナコはアキラをかばう。
「…今回は命中したな」
腰が抜けて気を失う寸前で朦朧とアキラが呟く。
少し離れた地面の♯の文字は、ゆっくりと消えていった。
♯ギフト
翌日の夜。
ジャズバーclipperの店の前には『JerryFish』ライブの看板が光る。
店内ではボーカルでドレス姿の新一郎が、カウンターに座り外を見つめるアキラの隣に座った。
「聞いた?昨日の夜、ここら辺上空で爆発音騒ぎがあったんだって。中学校では竜巻で建物壊れたとか。怪現象だよな…てかアキラ、なんで後ろの毛、縮れてるの?」
アキラは放心したまま答えない。その向こうでは、デズがテーブルに突っ伏している。
「また惨敗だって」ギンが苦笑する。
突っ伏したデズの前にマスターが、桜ピンク色のロゼワイングラスを置く。
「4月のワインはまだ若いって意味なのさ。そのうち待てば、熟成して美味いものが手に入る」
「…ポテトちょうだい。『リカルドボッサ』やるぞ!」
デズが気合を入れて立つ。
「そうこなくっちゃ」
その夜のみなとハウス。庭では、今年最後の桜の花びらが静かに舞っていた。
帰宅してソファに座るアキラの後で、ナコはアキラの後頭部の焦げ縮れた毛をつまんでは切る。
「イカロスにかすって燃えたんだね」
「バラバラになるより一億倍ましだと思わなきゃ」
「…ごめんなさい」
ナコはうつむく。
♯の文字と黒い影。今回初めてナコでなく、アキラを標的にした。恐れていたことが的中してきている。
「これも自分で決めたことだ。子供は気にすんな」
アキラの後ろ姿が言う。
「そういえば」ナコは語りかける。
「あのとき初めて私のこと、ナコって呼んだよね。呼び捨てで」
「え、そうだっけ?」
「そうだよ」
笑ってアキラの髪をとかすナコ。と、アキラのうなじに桜の花びらが一枚、はらりと落ちた。
つまみあげようと思ったけれど「くすぐったいやめろ」と言われそうで、ガマンした。
ジャズバーclipperの店の前には『JerryFish』ライブの看板が光る。
店内ではボーカルでドレス姿の新一郎が、カウンターに座り外を見つめるアキラの隣に座った。
「聞いた?昨日の夜、ここら辺上空で爆発音騒ぎがあったんだって。中学校では竜巻で建物壊れたとか。怪現象だよな…てかアキラ、なんで後ろの毛、縮れてるの?」
アキラは放心したまま答えない。その向こうでは、デズがテーブルに突っ伏している。
「また惨敗だって」ギンが苦笑する。
突っ伏したデズの前にマスターが、桜ピンク色のロゼワイングラスを置く。
「4月のワインはまだ若いって意味なのさ。そのうち待てば、熟成して美味いものが手に入る」
「…ポテトちょうだい。『リカルドボッサ』やるぞ!」
デズが気合を入れて立つ。
「そうこなくっちゃ」
その夜のみなとハウス。庭では、今年最後の桜の花びらが静かに舞っていた。
帰宅してソファに座るアキラの後で、ナコはアキラの後頭部の焦げ縮れた毛をつまんでは切る。
「イカロスにかすって燃えたんだね」
「バラバラになるより一億倍ましだと思わなきゃ」
「…ごめんなさい」
ナコはうつむく。
♯の文字と黒い影。今回初めてナコでなく、アキラを標的にした。恐れていたことが的中してきている。
「これも自分で決めたことだ。子供は気にすんな」
アキラの後ろ姿が言う。
「そういえば」ナコは語りかける。
「あのとき初めて私のこと、ナコって呼んだよね。呼び捨てで」
「え、そうだっけ?」
「そうだよ」
笑ってアキラの髪をとかすナコ。と、アキラのうなじに桜の花びらが一枚、はらりと落ちた。
つまみあげようと思ったけれど「くすぐったいやめろ」と言われそうで、ガマンした。
♯5 話 了
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